レーシックを受けたメジャーで大活躍中の松坂選手

松坂投手のレーシックの手術の感想は「全然問題無いと言われていたし、治療はアッという間に終了して痛みも無かった」と報告をしています。
さらにレーシック手術後の感想は「コンタクトをしているように全てがクリアに見えるようになり喜びを実感」と言っています。

 

レーシックによって0.05だった視力が1.5まで回復した松坂投手はその後アメリカで大活躍をされています。
これもレーシックによって視力が回復した効果があるのかもしれませんね。メジャーで大活躍中の松坂投手がレーシックをしようと思ったのは、松坂投手の先輩が実際に治療したのがキッカケらしいです。
これはニュースにもなりましたし、意外と有名な話ですね。 「本当にレーシックをすることで視力回復を実現できるの?」と疑問をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。
実際にレーシックに関する情報サイトを確認してみますと、ほとんどの人がその喜びを感じているという事実があります。



レーシックを受けたメジャーで大活躍中の松坂選手ブログ:2020年09月16日

祖母が最初に倒れたのが一昨年の暮れで、
それからふた月とたたないうちに二度目、病名は脳梗塞だった。

医者からは二度目はないといわれていたが、
それでも父母と見舞いに行ったわたしに向けて、
祖母はやつれた顔で微笑んでくれた。

倒れたのはパパ方の祖母で、
つまりわたしのパパの母になるわけだが、
当のパパは少しだけ病室に顔を出すと、
すぐにまた廊下に置いてあるソファーに戻ってしまう。

母は少し呆れていたが、
わたしにはパパの気持ちが良くわかった。

わたしも本当は
ここには来たくなかったのだ。

祖母は大変元気な人で、
脳梗塞で倒れるまで、日々畑仕事に精を出していた。

お正月などに顔を出しに行くと、
こっちが困ってしまうくらいの笑顔を向けてくれる。

わたしの中で、
祖母はずっとそういう人だった。

だからこそ、わたしは嫌だった。
やせ細り、言葉を詰まらせ、家族の名前も思い出せない、
そんな祖母を見るのがなんだか申し訳なかった。

それではまるで病人じゃないか。
祖母は病人であってほしくなかったのだ。

わたしは、
居心地の悪さを感じていた。

それを隠すために
わたしはずっと微笑んでいようと決めた。
祖母になにも出来ないわたしは、
それくらいしかできなかった。

祖母はそんなわたしを見ていてくれたのだろう、
帰りがけに一言だけ
「笑顔が素敵な子になったね」
そうわたしに言って笑った。

わたしはただただ申し訳なくて、
やはり微笑むことしかできなかった。

祖母が亡くなった日の20時遅く、
パパは泣いていた。
いつも寡黙で何事にも動じないかのように見えたパパが、
大声で泣いていた。

それをわたしは部屋で聞きながら
人が死ぬということの意味を知り、
そして家族というものを思った。